
Uターン転職から7年。収入や家族の変化を経て、今「ただただ良かった」と思う。
株式会社FFGベンチャービジネスパートナーズ
松永 将幸さん
プロフィール
福岡県出身。大学卒業後、アクセンチュア株式会社に入社。大企業の変革支援を中心に、スタートアップとのオープンイノベーションやM&Aに関するプロジェクトにも携わる。2019年1月、株式会社FFGベンチャービジネスパートナーズへ転職し、福岡へUターン。入社後は一貫してキャピタリストとしてスタートアップ投資に携わり、現在はパートナーとして、投資戦略の策定や投資チームのマネジメントを担っている。
はじめに
インタビュアー
今日はよろしくお願いします。転職から7年が経ちましたが、率直な実感はいかがですか?
松永さん
ただただ良かったな、というのが正直なところです。生存者バイアスがめちゃくちゃかかっていると思うんですけど(笑)、楽しく仕事をさせていただけていますし、プライベートでも休日の充実度がすごく高いです。
インタビュアー
表情からも充実ぶりが伝わってきます(笑)。では、詳しく伺っていきますね。
東京を離れても、仕事のダイナミズムは落ちなかった
インタビュアー
まず、仕事の面ではいかがですか?東京を離れたことで、何かマイナスに感じることはありますか?
松永さん
仕事のダイナミズムが落ちたとは、まったく感じていません。今も月1回以上は東京で仕事をしていますし、行かなければいけないときには、すぐに行ける状態です。
東京と福岡は、時間的にも心理的にもとても近い。むしろ「いいとこ取り」ができているんじゃないかと思っています。
福岡への移住に不安を感じている方には、まず、この東京との距離の近さを知ってほしいです。そのうえで、たとえば大濠公園あたりを歩いてみて、「東京じゃなくても楽しく暮らせそうだな」と感じてもらえれば、あまり不安はなくなるんじゃないかなと思います。
スタートアップとの仕事を求め、東京ではなく福岡へ
インタビュアー
前職には大きな不満があったわけではないと伺っています。転職を考え始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
松永さん
正直、ネガティブな思いはあまりなかったんです。ただ、前職のアクセンチュアでは、「この先もずっとコンサルティングを突き詰めていくのかな」という問いは、いつも抱いていました。
そんな中で、私が担当する案件でも、大企業とスタートアップのオープンイノベーションや、大企業によるスタートアップのM&Aといったプロジェクトが多くなってきていました。
そもそも私がコンサルティングをやりたいと思った一番の理由は、「大企業を変革することが、日本経済を活性化する手段だろう」というものだったんですが、当時、日本経済を動かすパワーバランスの重心が、スタートアップ側に寄ってきているんじゃないかと感じたことが、一番大きなきっかけでした。
コンサルティングが嫌になったというよりは、「だったら、日本経済を活性化する、より直接的なレバーになっているかもしれないスタートアップとの仕事を増やしたい」と思ったんです。なので、転職活動は最初からかなりポジティブ寄りでしたね。
インタビュアー
そこから、なぜ福岡だったのでしょうか?
松永さん
まず大きかったのは、「次に挑戦する場所は、東京ではないのではないか」という気持ちです。人も企業も、あらゆるものが東京に集まっている状態は、本当に日本にとってプラスなんだろうか。東京以外の地域がもっと活性化した方がいいんじゃないか、と。
そのうえで、若年層人口が増えていること、旧帝大があること、そもそも一定の人口規模があること。その条件で絞り、札幌、仙台、神戸、福岡の4都市くらいを候補として真剣に考えました。
東京から近すぎると、どうしても東京の引力に引っ張られるので、海をまたいでいる北海道か九州の方がいい。そしてその2つを比べてみると、九州の方に経済の活気を感じた、という流れです。ここまでは基本的にロジックで決めていました。
ただ、最後は感覚的な部分も強くて、福岡は空が広かったんですよね。海や山があって、東京とだいぶ景色が違いました。
インタビュアー
とてもよく分かります。
松永さん
今でも思い出すのは、FFGベンチャービジネスパートナーズの面接を受けたときに、早めに着いてしまって、夏の大濠公園のスターバックスでコーヒーを飲みながら待っていたんです。
そのとき、「多分この街で働くんだろうな」「いい街だな」と思ったんですよ。大濠公園は、いい公園ですからね。あそこに行くと、みんな福岡に住みたくなるんじゃないかなと思います。

「転職」「東京以外」、そして「福岡」――家族には段階的に伝えた
インタビュアー
最初に転職すると伝えたとき、奥様は反対されましたか?
松永さん
そうですね。「転職はまあいい。でも場所は……」という話はかなりありました。妻の実家は愛知で、福岡には縁もゆかりもなかったので、未知なるものへの恐怖というか。「分かっている東京」に対して、「よく分からない福岡」への不安は多分にあったと思います。
インタビュアー
その話は、どんなタイミングで、どう切り出したんですか?
松永さん
一度に全部ではなく、段階的に、大枠から伝えていきました。8月に面接を受けているので、最初に話したのは3〜4月頃だったと思います。
まず、「そろそろ転職しようかと思っている。スタートアップに関わる仕事に」と伝えました。妻も「コンサルティングをずっと続けるわけではないかもね。分かった」と受け入れてくれました。
次に、面接の2カ月くらい前に、「もしかしたら、東京ではない場所の方がいい挑戦ができるんじゃないか」と、一度ノックしてみたんです。すると、「東京でもできる仕事なんじゃないか」と。「なぜ縁のない福岡なのか」という話をする前に、まず「東京以外の場所」という可能性を出した段階で反発がありました。
そうやって、「転職をする」「こういう仕事をしたい」「東京以外かもしれない」「福岡である」「この会社である」と、二度三度に分けて、ちょっとずつ、数カ月かけて伝えていきました。
インタビュアー
反対って、実際どれくらい強いものなんでしょう。
松永さん
多分、最初の反対には、「どれくらい本気で言っているのか」を確かめる意味もあると思うんです。
「ちょっと嫌なんだけど、やめてほしい」と言われて引き下がるくらいなら、そこまで強い思いではないのかもしれない。一方で、「こういう理由で、どうしてもこの挑戦をしてみたいんだ」と誠心誠意伝えたときには、完全なノーは出ないんじゃないかなと。
もちろん、「少し待ってほしい」とか、「一旦行ってみて、難しかったら戻る」といった条件がつくことはあると思います。でも、心の底から「行きたい」と伝えたときには、最終的には受け入れてもらえることが多いんじゃないかと思います。
逆に妻から同じような覚悟を持って何かを言われたら、僕も受け入れようとすると思いますしね。最初に感覚的、気持ち的に反発が出るのは、現状維持バイアスが働くので、ある意味当然のことだと思っています。
福岡を一緒に見て回った。それでも、妻には負担をかけた
インタビュアー
福岡には、ご家族で下見に来られたりしたんですか?
松永さん
入社は翌年1月だったんですが、面接を受ける前の7月に、妻を連れて福岡に来ました。実際にどんな街なのかは、行ってみないと分からないので。
妻はそれまで、子どもの頃に太宰府へ行ったことがあるかどうかというくらいで、「住む可能性がある場所」として福岡を見たことは、まずなかったと思います。それで2人で来てみて、糸島のような観光地もそうですし、薬院・平尾・姪浜といった住宅街と言われるエリアも、自転車を借りて一緒に回りました。
実は後から分かったことなんですが、そのとき、妻は妊娠していたんです。僕たち自身も、まだ妊娠に気づいていなかったくらいのタイミングでした。
かなり暑い中、糸島を長時間歩いたことは、あとで文句を言われた記憶があります(笑)。妊娠中に転職や移住を進めるという暴挙をしてしまい、妻にはちょっと無理をかけたなと思っています。
インタビュアー
移住してから、奥様の生活や松永さんご自身の働き方は、どんなふうに変わりましたか?
松永さん
これは、この場だからそう言っているわけではなくて、満足度は間違いなく上がっていますね。
会社にいる時間はめちゃくちゃ減りました。在宅勤務をさせていただいていることもそうですし、絶対的な労働時間も減っています。その点は妻もかなり満足していて、「良い転職だったんじゃないか」と思ってくれていると思います。土日の過ごし方も変わりましたし。
インタビュアー
ただ、移住した直後からそうだったわけではないですよね。
松永さん
僕自身の満足度は最初から高かったんですが、転職と同じ時期に出産という大きな変化があった妻は、かなり大変だったと思います。
よく知らない場所で、しかも当時はコロナ前で出社頻度も比較的高く、僕が家にいない時間も多かったので、「自分一人で抱えなければいけない」という思いは、かなりあっただろうなと。

毎週末、近県へ。福岡で広がった家族との時間
インタビュアー
最近は、ご家族で休日をどんなふうに過ごしているんですか?
松永さん
福岡は周辺の県にすごく行きやすいなと思っていて、山口、佐賀、大分、熊本のどこかへ出かけることが本当に多いです。大げさではなく、ほぼ毎週末、月に4回くらいは行っているんじゃないでしょうか。土日のどちらかは車で隣県へ行って、アウトドアや観光を楽しんでいます。
インタビュアー
東京にいたら、周辺の県へ毎週行くのは相当大変ですよね。車はお持ちなんですか?
松永さん
自家用車は持っていなくて、毎週末、レンタカーかカーシェアを借りています。家の近くにレンタカーもカーシェアも複数あって、どこかしらすぐに借りられる状態です。
そろそろ車を持ってもいいかなとは思うんですが、駐車場代などを考えると、「別にそんなに困っていないしな」というところもあって。
インタビュアー
お子さんの送り迎えなどは?
松永さん
基本は電動自転車です。上の子はもう小学生になったので自分で通っていて、下の子はまだ保育園なので、自転車の後ろに乗せて毎朝送っています。
インタビュアー
お子さんは今、お二人ですね。
松永さん
二人です。東京にいた頃に妻が妊娠し、福岡へ移住したあとに生まれた子が一人と、福岡で暮らし始めてから生まれた子が一人です。

収入は一度下がった。それでも生活の質は上がった
インタビュアー
最後に収入面について伺います。転職時から現在まで、どのように変化しましたか?
松永さん
前職時の年収を100%とすると、入社時は約70%でした。その後、3年目くらいで約80%まで戻り、7年目くらいでほぼ元の水準に戻ってきている、という感じです。
インタビュアー
収入が下がったことについて、ご家族ではどう受け止めていましたか?今はどう感じていますか?
松永さん
収入は下がりましたが、暮らし全体で見れば、家族の満足度は上がったんじゃないかと思います。先ほどお話ししたように、労働時間や休日の過ごし方が変わって、生活の質も明らかに上がりました。
なので、「まだ額面が当時の水準に戻っていないから、この転職は失敗だった」という捉え方にはなっていないと思いますね。
インタビュアー
収入面も含めて、転職後の7年間をかなり率直にお話しいただけたと思います。今日はありがとうございました。